schrift

性格は捨てられます。人は成長していくと「昔は必要だった性格」が「今は必要ではない性格」になります。今は必要ではない性格に振り回されて今必要な性格を得られないなどというのは本末転倒です。必要ない性格など捨ててしまった方が楽になれます。

『昔は、こんな人ではなかった』と言われるかもしれません。しかし、それは他人からの視点であり、その人の評価にしか過ぎません。このようにあってほしいというのは他人が決めることではありません。このようにありたいいうのは自分が決めることです。

まんだらけ「万引き犯の顔公開するンゴ」
警察「公開やめろ」
マスコミ「加害者とはいえ個人情報を公開していいのか」
まんだらけ「分かったンゴ」

警察「犯人捕まえた」
マスコミ「これが犯人の顔です!仕事はこれ!私生活はこう!趣味はナンタラで学生時代はこうでした!」
まんだらけ「

原始の遊びは「目的外使用」なんだ。
そりゃ、原始時代にトイザらスはないからね。
小さい子どもは木の枝でもタッパウェアの蓋でもおもちゃにする。
遊びのために生まれたわけではない物でも充分遊べるわけだ。
古い記憶をほじくれば、誰も覚えがあるでしょ?

その次が「目的通りの使用」、すなわち玩具として作られた物で遊ぶって事だ。
それらは大概は商品として経済活動の場で産まれる。
商品にはターゲットがかならず設定されているから、
「小学生男児向けカードゲームで小学生男児が遊ぶ」
みたいな感じだね。
成長の過程で誰もが通っているでしょ。

で、さらに上。
究極の遊びは「目的外使用」に戻るんだ。
当然、誰でも戻れるわけじゃない。
誰かに自分向けの面白みを用意してもらうだけじゃ足りず、自分で面白みを探し出す事が出来る人じゃないとそこへは到達出来ない。
「キミが遊ぶための道具」を与えてもらえないと遊べない人は結構たくさんいる。
これは「テーブルクロスがないと飢え死にしちゃう」ってくらい馬鹿げた話。



オタクの定義は数多くあるだろうけど、そこに「目的外使用を楽しめる人」ってくわえて良いと思う。

オタクは遊ぶのが上手い。
オタクは面白みを探すのが上手い。
オタクは喜びを見出すのが上手い。
世知辛い世の中で、このスキルは素晴らしいと思う。
オタク人口が増えたように言われるが、実際は絶滅危惧種なんだと思う。
テーブルクロスがないと飢え死にしちゃう家畜に生息域を蝕まれている。

ほるまりんの社長ブログ | メダロットDS (via discord09)

FPSで壁にc4で絵を書く連中か…

(via datteowww)

(via halfdry)

doropito:

相撲には初っ切りという初心者にルールを知ってもらうためのコミカルな催しがある
Shokkiri, literally means “from the beginning to the end”, is a part of a sumo event which comically explains “do nots”.

doropito:

相撲には初っ切りという初心者にルールを知ってもらうためのコミカルな催しがある

Shokkiri, literally means “from the beginning to the end”, is a part of a sumo event which comically explains “do nots”.

(via halfdry)