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タモリは、「自分」とは何かというところから説き始める。
たとえば「会社の課長」「芸能人」「妻がいて子供が二人いる」「友達が何人いる」といった、現時点での 自分自身の“状況”を横軸とし、「親は医者」「家系」「叔父が不動産業界にいる」「子供が東大生」など、自分の周囲の人間が持つ“事実”を縦軸とする、と。
この横軸と縦軸が交差したものが「自分」であるとタモリは言う。

「そうすると、自分というのは一体何か、絶対的な自分とは何か、っていうと、わかんなくなってくるわけですね。それだけこういう、あやふやなものの中で自分が成り立っている」

そんな「自分」を成り立たせている横軸も縦軸も「余分なもの」であり、それを切り離した状態を、タモリは便宜上「実存のゼロ地点」と名付けた。
そしてタモリは「人間とは精神である。精神とは自由である。自由とは不安である」というキルケゴールの言葉を引用し、それを解説していく。
「自分で何かを規定し、決定し、意義付け、存在していかなければならないのが人間」であり、それが「自由」であるとすれば、そこには「不安」が伴うと。
この不安をなくすためには「自由」を誰かに預けたほうがいい、と人間は考える。タモリは言う。

「人間は、私に言わせれば『不自由になりたがっている』んですね」

7at1stroke:

ヤベーよ…幸福の科学学園の”応援歌”マジヤベー…作詞がキリストで、作曲がモーツァルトだぜ?こんな豪華な歌、世界中探しても見つからねーよ…あと歌詞の「ファイト! アンド ファイト!そしてまたファイト!」がじわじわ来る…ヤベー…

(via halfdry)

この本でもっともショッキングかつ笑ってしまったのは,いまや刑務所がかつての第三世界に替わって安価な労働力の供給源になっているって話。以前刑務所を舞台にしたTVドラマ「OZ(オズ)」にもそういう話があったが「囚人への職業訓練」と称して企業が仕事を持ち込んでくる。囚人に支払われる労賃は安いし,第三世界のように政変もない,労働争議もないから昇級の必要もない。こっちを使ったほうがトクだというのでマトモな労働者を解雇する。解雇されたヒトが困窮して犯罪に手を染め(……手を染めなくてもホームレスだってだけで逮捕する街もあるらしい),ムショに入って昔やってたのと同じ仕事を遥かに安い賃金でやらされる。これって事実上,しばらく前に「松嶋 x 町山 未公開映画を観るTV 」でやってた北朝鮮のシステムとほとんど変わらない。

とりあえず能力と収入の間には弱い相関しかないので、他の人の収入が多いのを「おかしい!」みたいに嫉妬したりする必要はぜんぜんない。お金がほしい人はお金の流れてるところに行く努力をせよ、というだけのこと。

結婚も職探しも「どうなったとしてもそこそこ上手く楽しくやっていける」ってのが本来の成熟した大人であって、かたやリクルートさんは何処かに自分とピッタリな職や伴侶がいる!って幻想を売って商売をしておられるので、賢明な学生さん達はできれば早くそのネズミの回し車から降りた方が良いよね。